教育講演会

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教育講演会 青山繁晴先生

平成22年5月23日

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5月23日(日)第1回親義会「ほんものの希望とは何か」
講師:青山繁晴先生

保護者の方の感想文


2組大木康久くんのお母さん
■青山繁晴先生の講演会の感想
TVなどでもご活躍されている青山繁晴先生の講演会を拝聴出来る機会とあって、前日から大変楽しみにしておりました。講演会を拝聴し、まず一番に思ったのは、私を含む国民は国(政府)から偏った教育を受けていたという事です。
学校教育の中で教科書に記載されている事は事実で正しい、記載されているものが全てであると教わり、頭と心に刷り込まれて来ました。しかし、実際は色々な利害関係などから削除され、彎曲して私たち国民に伝えられ、悪い意味で受け継がれて来たのだと・・・大人になるにつれ、うすうすは感じながらも私自身の受けてきた教育を全否定されているようで認めたくなかった事実です。
お恥ずかしい事ですが、勉強不足で知らなかった『白梅の塔』のお話で、涙を浮かべながらお話される青山先生のお言葉には、現場を見ているからこそ分かる本当の一言葉であり、聴いていた私も鳥肌が立つほどでした。
教科書に載っている事実を捻じ曲げた言葉ではありません。教科書だけでなく、インターネットやマスメディアなど様々な情報が行きかう現代では、そういった意味でも〝百聞は一見に如かず″誤った事実を子供達に植え付けない為にも、私も子供を連れ現場を見て回りたいです。そして、これからの日本を担う子ども達の良き道標になれる様に努力したいと思います。
今まで著名な先生方の講演会を拝聴させて頂きましたが、質疑応答を盛り込んだ問いかけ形式や臨機応変の内容にとても引き込まれました。
青山先生が次回も塚本幼稚園で御講演をしていただけると聞き、楽しみにしております。最後になりましたが、このような貴重な機会を与えて頂いた園長先生、副園長先生をはじめ諸先生方、又PTA実行委員の方、各委員の方々に厚く感謝申し上げます。


4組笠井一志くんのお父さん
■ほんものの希望とは何か
今回の講演はとても楽しみにしておりました。私は、台湾、上海でも事業をしている関係で、台湾と中園の問題に関しては興味があります。というよりは自分自身の仕事にそのまま影響してきます。その中台問題のことで青山先生がいろんなお話をしているのをテレビで拝見しておりましたので、メディアなどではお聞かせ頂けない様な貴重なお話が聞けるのではないかととても楽しみにしておりました。
ただ、今回は時間の都合上アジアの話などをお聞かせ頂けるお時間はありませんでしたが、その代わりにあの沖縄のお話が聞けたのはとても意味がありました。毎年、会社で沖縄には社員旅行で行っています。沖縄の人に戦争の話を聞くこともあります。ひめゆりの塔も平和祈念公園も毎年行きます。社員も連れてみんなにも沖縄戦のことを教えています。でも、「白梅の塔」には行ったことはありませんでした。正直、講演の時に席が一番前なので我慢していましたが、涙が出てどうしようもありませんでした。その時の感情はもちろん可哀想だという気持ち。でも、それが本当の理由ではありません。それは、自分自身への不甲斐なさです。あの私の祖父たちの世代が戦った大東亜戦争でお亡くなりになった人達の気持ちを本当に大切にし、努力して生きているかと。祖父、祖母たちが命を懸けて守ろうとした日本に貢献できているか。後世の日本人のためにと命を投げ出して特攻隊に志願してくれた人たちの気持ちを受け止めているんだろうか。
今、私は37歳で23歳の頃に大東亜戦争を学び、その時に生きた人や、命を落とした人たちの話を聞き、本を読み、心の中で「今の日本をつくってくれた祖父、祖母に感謝しよう。祖父や祖母が命をかけてくれたんだから、それにふさわしい人間になろう。」こう思っていました。でも、情けないことにあの気持ちが15年近くたって薄れていたような気がします。
この気持ちをもう一度深く刻み、日々の生き方に生かすために今年の6月29日に白梅の塔に行ってきます。


2組松本舜介くんのお父さん
■シナとの付き合い方
シナは、中々気が長い。わが国民は、雰囲気に流されるし、短気である。この点は、シナを見習うべきである。日中平和友好条約締結のときだったか、鄧小平は尖閣諸島に関する問題を棚上げにする、次世代に解決を委ねると発言したと記憶している。
それ以前にすでに尖閣諸島については、領土問題化し尖鋭化しつつあった。鄧小平の発言を聞いて、中学生だった私も含めた日本の雰囲気は鄧小平はええ人や、話の分かる人やということで'日中の平和と友好がこれから未来に向かって花開くと誤解した。あの当時は、単に、シナの国力が劣っていて、とても日米(いや、日本単独でも)に勝てる状況にはなかっただけのことだった。取りあえず、日本からは資金と技術を導入して国力を増強した後であれば、いつでも尖閣諸島を侵略することは可能というシナの大人の判断である。日本も思い上がっていたと思う。当時は、アジアの四小龍と異なり、シナやインドは、人口が多すぎていくら援助しても無駄(要するに経済開発に向いていない)という議論が盛んに行われていた。だから、日本もシナに多少援助しても日本が凌駕されるような時代が来るとは考えもしなかった。
甘かった。シナの方が一枚上手だったわけであるし、国の発展のため真摯に狡猾に努力したのである。今頃気づいても遅いのだが、これからは心してシナとつきあわなければならない。一旦緩急あれば、国民が一致団結して事に当たるのがわが国民の美質である。青山先生のご講演はその先鞭である。大いに勇気づけられた。