平成23年8月25日 保護者の方より

塚本幼稚園幼児教育学園 | 大阪市淀川区塚本|日本のみならず、世界を視野において活躍する素晴らしき次世代育成教育を実践しています。
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banner.jpg教育講演会 感想文_r1_c1.jpg教育講演会 感想文

平成23年10月5日 
関西AIA(心の冒険)われらの仲間「すごい男がいたもんだ」に園長先生が紹介されました。

関西AIA(心の冒険)われらの仲間「すごい男がいたもんだ」に
園長先生が紹介されました。ご紹介したいと思います。



教育革新の実践的教育家   
教育の主柱は教育勅語
                                                                             高田宏成

   実行委員長を務めた「昭和の日」記念行事のご縁で、私は幼児教育学園々長の籠池靖憲さんから依頼を受け、その回答のため塚本幼稚園を訪問した。幼稚園児の朝礼の場に導かれた。日の丸を正面に掲げた講堂における朝礼の内容は、最敬礼の「お早うございます」に始まり、国歌斉唱・教育勅語と五箇条の御誓文の朗唱・園長の訓話と私の話、朝の体操であった。3~6歳児の教育勅語と五箇条の御誓文の朗唱には驚嘆した。園長や私の話に、元気よく手を挙げハイと大声で答える素直さに感動した。若い女先生たちに向かって飛んだり跳ねたりの体操最中、7~8人の園児が園長に肩を叩かれ指さし方向の舞台(先生の背後)にかけ上がり、得意げにあたかも体操指導するごとく演じている姿を見て、子ども心を知り尽くした籠池園長の所作に、改めて感じ入った次第である。

   現代の社会の様相は、本来の日本人が保持する徳目や美風を忘れてし
まっているとして、籠池さんは日本人としての感性を呼び覚ますための教育に取り組み、本物の人間を育てる教育を目指し、幼児教育の指導に携わっている。教育方針は教育勅語を柱とする「強い子」「やさしい子」「明るい子」の育成である。そして、子どもの「無限の可能性」を信じる“響育”である。

   籠池さんは、昭和28年香川県生まれ、関西大学卒業後奈良県庁に入庁後、奥さんとの出会いがきっかけで幼児教育に心血を注ぐ義父と意気投合し、結婚と同時に義父が経営する幼稚園の副園長となり新しい人生が始まった。新しい人生は、軌道に乗るまで次々にアクシデントが続く苦難続きの道のりであった。雑巾がけや走り使いを命ずる厳しい義父園長、その初代園長の死去、保育園の乗っ取り事件(住之江幼稚園、きのみ保育園が借金を負わせ、建物も用品もすべて乗っとりました)、軍国教育との云いがかりで左翼団体から自宅前で抗議のビラまきとデモ行進、同問題に関し裁判での争い(最高裁で全面勝利)、阪神大震災の影響による園児の半減、借金で不渡り寸前、遂に閉園決意という土壇場まで追いつめられたが、籠池さんは自分の教育観は正しいという信念を堅持したことに加え、生家の家業が倒産した際の祖母の言葉、特攻だった父の残した言葉、現在副園長である奥さんの内助の功が支えとなって、幾多の難局を切り抜け今日の健全経営を招いてこられた。本物教育の使命感巳み難く、目下次の段階である小学校中学校の設立を目論んでおられる。
(私は、籠池さんから小中学生が立派な人間形成をする上に“良い知恵はないか”の下問に対して答申のため幼稚園を訪れた次第である)

   籠池さんは、本物の人間を育てるためには、子どもに接する先生の有り様と子どもの親教育が必須と考えている。論語・将棋・ラグビーなどには本物の指導者が、また先生方には「和顔」「愛言」「驚嘆」の言葉をかけて才能を引き出しその子にしかない個性や天分を認めるよう要請している。親教育には、一流講師による教育講演会を年に数回の開催、「お母さん新聞」を発行、籠池さんのエッセイ「園長の部屋」の配布がある。習ってきた「論語」を子どもが、帰宅してから話題にすることも親学に寄与している。

   子どもから大人が学ぶことの多い幼稚園である。廊下で子どもが頭を下げて“こんにちは”の挨拶、教室では正座して将棋の対局、トイレ入口に小さいスリッパが“出船”の形で履き揃えられている。辞去するとき園長・副園長は玄関で丁寧なお見送り、戸外の園門前では1人の教諭先生が立ち、私が2~30mばかり歩いて振り返った時、深々と頭を下げられた。残心である。